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先々月。
母方のじいちゃんが亡くなった。

享年89歳。

命尽きる3週間前まで60年超の間、職人として働き続けた身内ながら尊敬すべき人生を送ってきた人だ。
地元の田舎町では稀に見る偉人が亡くなったかのような扱いで、元衆議院議員を始めとして、地元の名士たちが次々に自宅に弔問に訪れるなど、身内にとっては葬儀が終わる数日前まで、気の休まることのない日々を過ごしていた。

通夜前日。
明日の準備を一族でしていたところ、一本の電話が鳴った。
御歳90歳。戦時中の仲間だったという、医師が弔問に来るという。

「それは、わざわざ有り難いお話です。お待ちしております」

電話に出た親戚の一人が言ったが、なんとその医師、90歳にして150キロ近い距離を奥さんを連れて、車で来るという。
連絡があったのは、昼過ぎで、到着予定時刻は夕方頃だという。

元気なのは良いことだが、御年90歳。少々心配はしつつ、到着を待つ。

電話が鳴ってから6時間。

夏の日差しも完全に落ちて、空が闇に包まれても、90歳のお医者様は来ない。
渋滞があったとしても、幾らなんでも遅い。

「きっと事故って死んぢゃったんだよ」

という家族たちの緊張を和ませるようなソフトなジョークをグっと飲み込み、待っていると、電話が鳴った。

その医師からだ。

電話は、高速のパーキングからで、なんでも最寄りの下り口が分からなくなってしまったという。

叔母が電話でナビゲートすると、「分かりました」と言って、その医師は電話を切った。

予想するに、到着まではおよそ30分くらい。
もう近くまでいるようだ。

一同、ホッとしつつ到着を再び待つ。

ところが、30分どころか1時間を過ぎても、家のインターフォンは鳴らない。

「今度こそ、死んだかな?」

俺はまた皆を和ませようと、そう口にしそうになったところ、再び電話が鳴った。

「今、●●のあたりなんだけど、××ってどこかのぉ」

●●は、ここから軽く車で30分近く逆方面に行き過ぎている。

叔母が再び、電話で今度はより声を荒げて、Uターンして欲しいことを告げる。

そうして、さらに待つこと1時間超。

実家の近辺はまず渋滞なんてあるはずもない。そんなところで、何故こんなに時間が掛かるのか。
時間はすでに夜の21時。

婆ちゃんなどは、連日の来客でヘトヘト。そろそろ寝床で休みたいところ我慢して起きている。

しかし、来ない。
待てども待てども来ない。

『出来たら、もう今日は来ないで欲しい・・・』

という言葉を皆、グっと飲み込み待っていると、3度目の電話が鳴った。

なんとか最寄りのインターで降りたが、そこから我が家までが分からないという。

「知るか、バカ!」

という、言葉を飲み込んで、

「今からそこまで迎えに行くから動かないでください」

と言った叔母を尊敬しつつ、叔母がナビゲートして連れてくるのを待つ。

老い先短い年寄りの感が働いたのか、老夫婦の車は、かなり近いところまでは来ていた。

普通に車で走ればわずか5分弱の距離。
叔母が往復したところで10分ほどだ。

ようやくのご到着か。

お茶を用意して待つ。
ところがだ。

また20分ほど経っても来ない。

これは叔母に後から聞いたことだが、90歳のお医者様の車は、なんとMAXで時速20キロしか出ていなかったというのだ。
叔母がちょっと普通に走って、後ろを向くと車が見えない。
法定速度が50キロだろうと、MAX20キロ。
その背後に何台車が詰まっていようと、泰然自若。
「俺が法律だ」とばかりに、スピードを早めることもなく、それどころか周囲に自分の他に車があることすら理解していないかのようなドライブテクニックだったというのだ。

これでは、片道5分のところも、20分以上掛かって当たり前だ。

夜は、22時を回った。
家族一同クタクタの中、ようやくのお着きである。

皆がホッとして、俺ら若い者がなんとなく屋外まで出迎えたところ、
家先の駐車スペースで、

ゴンっ!

というニブい物音がした。

見ると、90歳の爺様の車は、見事に叔母の愛車であるマークXに直撃している。

オーマイゴッド!!

アタマを抱える叔母を尻目に、運転席と助手席で何事も無かったかのような面持ちで座っている新潟の大先生と老奥様。

なんと、自身の車が衝突したことに気づいてなかった。

それどころか、パワーウインドウをおもむろに空けて、

「ここで良いかの?」

と言ってきた。

叔母が放心状態の中、

「も、もう少し下がっていただけますか?」

と慇懃に頼むと、先生は、

「ワシは、バックは苦手なんじゃよ」

と口にした。

一同呆れ返っているのも老夫婦は一切理解出来ないので、もう降りてもらって、運転を変わる。

それにしてもだ。
バックすら出来ない90の爺さんが高速道を200キロ近くに渡って走ってきたのか。。

なんともゾッとする話しだが、車を衝突させて凹ませたことに全く気づくこともなく、老夫婦は家へと上がり込んだ。

そして、1時間。
夜は23時を過ぎた。

子供と老人はとっくに寝る時間だというのに、昔話が止まらない爺さんに一同ホトホト疲れ果てたところで、ようやく席を立とうとしてくれた。

やっと帰ってくれるのか。

家族の無言の安堵があったが、俺は、「この時間から、この二人はどこに帰るつもりなのか」と疑問に思った。

すると、たぶん結婚してから今まで苦労知らずに地元の名士の奥様として生きてきたであろう婆さんが、田舎町には似つかわない品の良さと空気の読まなさで、

「私たち、××ホテルを予約したのですが、どなたか送ってくださいますね」

と優雅な口調でお願いしてきた。

あのー
明日は葬儀だっちゅーの。
今日も朝からさっきまで数多くの弔問客を出迎えて、ヘトヘトだっちゅーの。
大体、身内がわずか3日前に死んでんねんで。

などという気持ちは、残念ながら理解してもらうのは厳しそうだ。

消去法で仕方がないと席を立った叔母に感謝しつつ、俺は自分の部屋のある実家(父方)に戻ったのだが、後から聞くと、叔母は、大先生の大奥様によって、ホテルまででは飽き足らず、部屋まで荷物を持たされて案内させられそうになったという。(さすがにフロントに頼んだらしいが)

愛車を凹まさせても怒らなかった温厚な叔母が、本気でキレかけているのを初めて見たり見なかったりした葬儀前の1日だったーーー。

コメント

なんだ泣く話かと思ったがやはり独眼鉄さん
笑える。あんたいい星の下にお生まれで

初めてコメントさせて頂きました
独眼鉄HPから読んでやっと追いつけました
最高です

2010/08/12 10:07:48 | 虫太郎

おじい様のご冥福をお祈りいたします。

叔母さんの愛車の修理費は請求しなかったんですか?

2010/08/12 16:59:11 | キャバクラ幕府

>>虫太郎さん
初めまして!
無駄に見守っていただきありがとうございます。
素敵な星の下に産んでくれた両親に感謝です!

>>キャバクラ幕府さん
あんな状況で請求などしません!
相方のベンツはほぼ無傷で。さすがはベンツ!

2010/08/12 23:31:07 | キャバクラ独眼鉄

先週ギラってきましたがステージ前のソファーの席で散財していたイケメンはもしや鉄さんでしたでしょうか?

2010/08/13 11:04:42 | under

>>underさん
イケメンを見て私と推理したのは、なかなか優れた判断力ですが、残念ながら金欠のため、ここ数週間は行けてません。
今月10日の支払いを乗り切ったので、来週あたりに一暴れしてこようかと思います。

2010/08/13 17:32:46 | キャバクラ独眼鉄

迎CqB

2010/08/14 18:00:56 | 累

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