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ふと気が付くと、世間はもうすぐクリスマスらしい。

当然、今年も誰からの誘いも、やることもないので、家でふて腐れて独り酒しながらオナニーすることになることは、まあしょうがないとしても、このまま生涯にわたって毎日独りで過ごすのは避けたい。

そう思ってみたのだが、冷静に考えて、もう自分には駒がないことに気が付いた。

なんとなく恋愛を将棋に例えると、
もともと生まれ持って、自分は「飛車角落ち」で生まれきたようなところがある。

相手がまともな男との恋愛を望んでいれば、ハナから太刀打ち出来ない存在である。
しかし、戦略を練りに練って隙を付けば、もしかしたら飛車角がなくても、相手の王将にたどり着くこともあるかもしれない。

甘い期待を抱いていた。

確かに20代の頃は、「もしかしたら」というような出会いもなくはなかった。

しかし、30を過ぎると、自分は恋愛においては、すでに「飛車角落ち」どころの人間ではない、ということに気が付いた。
いや、薄々は気が付いていたが、信じたくなかった(←笑うところ)

いつの間にか、数少ない武器であった、「若さ」や「可能性」なんてものも失ってしまったわけだ。

ブサ面に将来性もない引き蘢り中年KYである自分には、「飛車」や「角」どころか「金」も「銀」も「桂馬」も「香車」すらも失っているに等しい。

ほぼ「歩兵」と「王」だけで戦っている状態だ。

それでも「男」として、時々戦いを挑んだ。
そして、どうにもならない完敗を繰り返した。

稀にそれでも相手の陣内にまでは突入することがあるのだが、なぜか他の男の前では尻軽の女の子たちも、俺の前では淑女のごとくガードが堅くなる。

将棋の戦術でいう「矢倉囲い」のような布陣で守りに入るので、結局俺の持ち駒では崩しようもない。

こうなったら、相手も駒落ちの女の子を口説くしかない、と思うのだが、女は歳を取ったら取ったで余計に妥協しないところがあるので、結局駒のない自分には、どうにもならない現実は変わらない。

過去には、
ごくごく稀に、王手までたどり着いたときもなくはなかったが、そんなときは、「おい!桂馬は真横には動かないぞ!」「飛車が斜めから飛んでくんな!」という反則も辞さない手で防御された気がする。
恋愛がギブアンドテイクなんかで成り立たないのは百も承知だが、それでも、こうやって俺を頼ってきたから、命がけでこんなことやあんなことまでして守ってあげたのに、最後はそこに行くかね?
というギリギリの仕打ちはキツかった。

なぜ俺が勝負を挑む(口説く)と、とここまでガードが堅くなるのか?

きもいから?

まあ、その一言で全てはカタがついてしまうが、「二歩」や「二手指し」、「三手指し」すら辞さない布陣と、ヘタしたら将棋盤にビショップやナイトまで登場して、陣形を作られたのでは、ほとんど特攻隊のごとく自らの玉将だけで戦いを挑むしかない俺には、奇跡が起こってでも勝ち目がないのではないか。

ジングルベルがあちこちで聞こえる街角でそんなことを思った。

チェックメイト?

くそったれめ

コメント

俺らにとって500戦は、少なすぎです。
最近のデータでは、デート数539分の1でしたから。

2007/12/28 18:43:54 | ドラキュラ

>>ドラキュラさん
随分と久しぶりですね。
しかし、実際その確率だと凹みますなぁ。挫けて次にいけませんよ。
お互い無駄に頑張りましょう

2007/12/29 15:11:14 | キャバクラ独眼鉄

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