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先日。
代々木からの帰宅の総武線で、つり革片手に揺られていると、
目の前のシートには若い女が座っているのが目に入った。
女は、携帯電話をカチカチといじりながら、とても不愉快そうな顔をしていた。
茶髪で細い眉。
知性のなさそうな顔立ちとファッションは、
きっと水商売で生計を立てているのだろう。
そんなことを想像させた。
数駅の間。
女は、せわしなさそうに携帯をカチカチと打っていた。
それから、
彼氏と喧嘩でもしたのか、不愉快な客からのメールでも届いたか、携帯の画面を眺めながら、とても渋い顔をした。
なんだか、
世の中すべてに不満でもあるかのような渋い表情だった。
オレもキャバクラには良く行くが、もしも、お店で彼女が隣に座ったとしたら、その日はとても損をした気分になるだろう。
そんなタイプの子だった。
電車が四ッ谷駅に止まった。
そこで、一人の初老の女性が乗って来た。
「老いたお婆さん」と言うには若干気が引けるが、
腰は少々曲がり、苦労したであろう顔の皺が、歩んできた人生を感じさせるような女性だった。
その初老の女性は、あたりを見渡して席が空いてないのを知ると、仕方ないといった表情でオレの隣に立った。
電車が動き出すと、
隣の女性が軽くよろめいた。
そのとき。
携帯の画面を必死で眺めていたシートの若い女が、目の前の初老の女性に気が付き、躊躇無く腰を上げた。
そして、先ほどまで限界な程にひそめていた眉を下げて、笑顔を見せた。
初老の女性に向けての笑顔だった。
言葉を発することもなかったが、その笑顔のまま、続けて会釈をした。
初老の女性は、「いやいや」といったような風に手で合図する。
それに対して、言葉を発しないながら、さらに深い笑顔で答える若い女。
そして、笑顔とともに、2歩3歩と席から離れていった。
最初は遠慮気味だった初老の女性だが、その若い女の笑顔に押されたのか、感謝を込めた会釈を返して、さきほどまで埋まっていた席へと腰を下ろした。
その一連の光景を、
間近で見たオレが、少しの比喩もなく口にするのだが。
オレが見た、その若い女の笑顔。
わずか数秒の笑顔。
ここ何年もの間、どんな美形の芸能人も、キャバクラの指名嬢も、見たことのないほど素敵な笑顔だったことは断言してもいい。
なんの嫌みもない。
押し付けがましさもない。
そんな笑顔だった。
本当に、
数秒前の仏頂面が、
何故、こんな瞬間に変わることが出来るんだ、
という、女性の奇跡を見たかのような美しさだった。
若い女は、初老の女性が譲った席に座ったのを確認してから、ドアの近くまで移動し、そっと体重をドア近くの手すりに預けた。
そして、なんだかとても疲れたかのように、また眉をひそめて、今度は目をつむった。
とても眠たそうに、若い女は、とても疲れたようだった。
オレは思った。
この若い女は、自身で体重を支えるのも億劫なほどに、
疲労した心身の中、自分の席を譲ったというのだろうか。
さきほどの笑顔を想い、
何だか、頭が混乱している自分がいた。
電車がお茶の水駅に着いた。
オレが乗り換える駅だ。
ふと見ると、
若い女は、変わらず目をつむったまま立っていた。
この先も疲れた身体を起こして、この電車に立っている必要があるようだ。
オレは、その女に、
小さな会釈と、周囲に気づくか気づかれないかの微妙な笑顔を向けて、電車を降りた。