2007-08-29
ハンサムな俺へ。第2章
その床屋は、俺の顔を左右から眺めて、こう言った。
「揉み上げの長さが左右違いますが、どうしましょう?」
な、なんだと?!
俺は、坊主でありながら揉み上げだけにはこだわりを見せている。それはルパン三世やエルビスに憧れているわけではなく、暴漢に襲われたときに、揉みあげを武器に戦おうと思っているからだ。(ただ、実際にどう戦うのかは想像におまかせする)
だから、揉み上げだけは、いわゆる坊主に合わせた長さではなく、黄金律に従った適度な顔のバランスの比率のもとに長さを整えていたはずだった。
そんな俺のセンチでナイーブな揉み上げが非難されたのだ!
まさか、この床屋は俺のハンサムに嫉妬しているのではないか??
幾ら俺がハンサムだからと言っても、簡単には納得できない。
疑心暗鬼になった俺は、目からナマズが出んばかりに目を見張って、鏡を見た。
右の揉み上げ見て、左の揉み上げ見て、もう一度右の揉み上げを見た。
踏切を渡るときの仮免ドライバーばりに右左右と確認して、言われてみれば長さが違うかもしれないことに気がついた。
俺は思った。
もしかしたら、この鏡が実物の俺に嫉妬して嘘をついているのかも。
鏡を信用してはいけない。
いつも物事を逆さまに見ているヤツらだ。
だから、俺は基本的に鏡を見ない。
たまに見ても、速水もこみちばりにハンサムであるはずのリアルな俺を映し出すことなく、猿とマッチ棒を足したような貧相な偽物の姿を映し出すからだ。
しかし、ここはこの床屋の揉み上げに対する疑問に返答しなければならない。
幾らハンサムだと言っても、揉み上げの長さが違うという指摘をそのまま受け入れたのでは男のプライドが廃る。
俺は一瞬、澄ましたクールな表情で、
「わざとだよ」
と答えようとしたが、あまりにも白々しい上に、納得されて放置されても困ると思い、こう答えた。
「ははは。今朝はカノジョに剃ってもらったからなぁ。剃り過ぎたかなぁ。はっはっはっ」
×××
我ながら驚くほどインテリジェンスな台詞である。口にしておきながら、背筋が寒くなるような空しさを押さえ切れない。
それを聞いたヘア職人は、どこか物悲しく対処に困ったような笑みを浮かべたが、これはまさに「納得」と言った表情だったのだろう。
問題が解決し、ヘア職人は、何やら見たこともない機器を取り出した。
小型のバイブとカミソリを足したような、その器械は、いわゆる女性向けの眉剃り器らしく、「揉み上げ」を切るのにも便利だという。
振動で切るので、カミソリと違って、細かなカットに便利だそうだ。
俺が、関心してると、そのヘア職人は途端に饒舌になって、それがどこに売っているのか、応用でこの店でどう使っているのか、自分がヘア職人になって何年になるとか、最近のヘアスタイルの流行だとか、量子コンピューターにおける近未来だとか、ケインズ学派とマネタリスト合理的期待学派の対立問題などと話が膨らんでしまった。
気の良い俺が、彼の話をさも興味ありそうに聞いてしまったためと、この話好きのヘア職人に、俺の後に客がいなかったというのも重なって、なんと、平均で予想10分、坊主なら5、6分と期待していた俺のヘアカット時間がおよそ20分近く、のんびりとやられてしまったのだ。
当然、打ち合わせには遅刻。
ハンサムな俺が頭を下げまくって謝らなければならなかった。
ただ、素直に頭(こうべ)を垂れる俺の揉み上げが、キラリと光るほどに整えられていたことは、特筆に値するはずだ。
(了)
















