2010-10-20
便意と合掌
日本人なら誰しも、手を合わせて合掌をしたことはあるだろう。
ただ、本当に信仰心をもって合掌したことがあるものは、どれほどいるものだろうか。
単に神社の境内にいるから。
葬儀で司会者に促されたから。
今の日本人には、そんな理由での合掌がほとんどかもしれない。
しかし、必ずしも宗教的な意味を込めての合掌でなくても、涙の出るほどの感激、言葉では絶対に言い尽くせないほどの感謝から、自然と合掌してしまうということが、人生には1度2度くらいは起こりえる。
そんな体験を先日したので、無駄に報告しておきたい。
その日、
俺は仕事で車をハイウェイで飛ばしていた。
常磐道から首都高を抜け、新宿出口を下りて目的地へ向かう予定だった。
常磐道はスムーズだったが、三郷から渋滞に巻き込まれた。
平日の夕方6時頃ということもあり、首都高ではその渋滞はいっそう激しくなっていった。
俺は缶コーヒーを呑み呑み、ガムを噛み噛み、だいぶ昔に購入したゴーキーズ・ザイゴティック・マンキというサイケ系ミュージックを聴きながら、ややもイライラするところを我慢しながら、渋滞の中をじりじりと進んでいた。
目的地への到着時間に制限がなかったことだけが救いだった。
そうして、小菅、駒方、江戸橋を過ぎた。三郷から車が空いていれば20分もかからない道のりをチンタラと、1時間以上かけて進んでいく。
ところが、車が神田橋を過ぎたあたりで、強い便意を催した。
俺は息を呑んだ。
油断するとヤバイ。
降り口の新宿出口までは何分くらい掛かるだろうか。
確か、それまでにパーキングはひとつもない。
しかし、最初の便意のとき、俺はまだ油断していた。
我慢すれば持つはず。そのくらいに考えていた。
寄せては反す波のように便意がおしくらまんじゅうしていたが、一度耐えると次までは多少の猶予があったので、俺は脂汗をかきながらも、我慢を繰り返した。
しかし、代官町出口を過ぎたあたりで、とうとうその便意が頂点に達した。
ま、まずい。。
産まれる。。
大人なのに、もう産まれてしまう。。。。
渋滞は続き、常にブレーキ踏みながらの走行。時速10キロにも満たない速度でしか進まない。
あ”あ”あ”
俺は唇をかみ締めた。
脳裏に走馬灯のように少年時代過ごした光景が浮かんだ。
もうダメかもしれん。。
車をよっぽど止めようかとも思ったが、車避けすらない。
2車線の道路の1車線を塞いで、公衆の面前で外に出て脱糞するのはさすがに無理がある。
どうしよう。。
もう漏れる。。神様。
脂汗は顔だけでなく、背中から、手のひら、足の裏にまで流れ落ちた。
あ”う、あ”う、あ”う・・・
俺はアヒルのように口をパクパクさせながら、なんとか富士山の頂点にまで上り詰めたような巨大な便意を凌いだ。
しかし、次はない。
もう、次の便意は凌げないぞ。。。
はぁはぁと息が切れるような切実な腸の状態の中、外苑の出口が見えてきた。
新宿までは、もう絶対に持たない。
俺は目的地まで道半ばの外苑の出口を下りた。
トイレ。
トイレ
トレイ
トイレ。。。
頭に浮かぶのはそのことだけ。
もう仕事のことなど全く考えていない。
いますぐ誰かトイレを用意してくれるなら、損害賠償を請求されて今後の生活に支障をきたそうとも、今日の仕事をぶん投げ捨ててでも交換したい。そんな気持ちだった。
しかし、外苑を下りても、すぐにはトイレに入れそうなところは見つからない。
どうしよう。。
もうトイレのアテがついたとしても、停車して車から下りて、3分も持たない。というかほとんど、この状態で歩けそうもない。。
目指すは、道路沿いのトイレ。
しかし、都会のド真ん中にそんなものあるだろうか。
俺は、半ば諦めたような気持ちになりかけた。
この車の中で汚辱(文字通り)にまみれる覚悟をしなければならないのか。
失神しそうな便意の中、ふと横を見ると小さな公園があった。
公園名を失念してしまったのが残念だが、まさに望み通りに道路沿いにトイレと思しき建物が目に入った。
おおおおお
俺は千載一遇のチャンスとばかりに、駐車違反も厭わず、すぐにその公園のトイレの横に車を横付けさせた。
そうして、半分白目になりながら、肛門筋を閉めまくって、トイレへと足を急いだ。
トイレのドアは閉まっていた。
我慢は限界に来ていた。
ピナトゥボ火山級に爆発するまで、もう10秒と猶予はないだろう。
もしも誰か入っていたら、アウトだ。
神よ・・・
俺はドアノブに手をかけた。
ドアは、スーーと開いた。
神の存在を確信したくなる瞬間だった。
中は、障害者にも対応できるような綺麗な洋式トイレ。
さらになんと公衆トイレなのにトイレットペーパーも完備。
パンツでケツを拭くくらいはとっくに覚悟していたが、その必要は全くなさそうだ。
た、助かった。。。
俺は、パンツを下ろして、今なら死んでもいいというほどの極楽浄土な安堵とともに肛門からたまりに溜まった“欲望”の全てを吐き出した。
×××
今から数日前。
外苑肛門爆発未遂事件が起きてから数週間が経った日。
ひょんなことからまた外苑のあたりを一般道を走っていると、丁度その公園の横を通る機会があった。
あれは・・・?
俺はあの日の劇的な救出劇を思い出した。
そのときである。
俺は、車を運転しながら、ほぼ無意識の状態で、手を合わせて頭を垂れていた。
あのときの極限状態での圧倒的な感謝。
人間の尊厳を守ってくれた公衆便所。
神は便所にも宿る。
そんな古来からの日本人の魂が自分の中に蘇ったのだろうか。
俺はその公衆便所が見えなくなるまで、合掌の手を広げることはなかった---。
















