2008-02-19
「本気で好きになる」についての考察 1
02/19 瑛湶氏よりのコメント
> 最近、本気で人を好きになったことありますか?涙なんか出ちゃったり…
について考える。どん兵衛ができ上がるまでの間。
まずは「本気で好き」っていったいどういうコトを言うのだろうか。「本気で好き」を欲するのであれば、「本気で好き」とはいったいどういうコトかを理解しておかねばならない。ボヤけた輪郭のままでは、探していた「本気で好き」を見つけた時であっても、それがそうだと気づかない可能性もあるからだ。というコトで、まずは「何をもって本気で好きだと言えるのか」を、しっかりと定義しておく必要があるだろう。
例1)その人がいないと死んでしまう。
うーん。これは「本気で好き」に認定してもイイだろう。だって死んじゃうんだもん。しかし残念ながら、フラれたぐらいじゃなかなか死ねないのが現実だ。つぅワケでこれはちょっとハードル高過ぎである。もうちょいハードルを下げて考えてみよう。
例2)その人以外はもう誰も愛せない。他に誰もいらない。
ラブソングに出てきそうな言葉だなぁ。これも実現したとすれば、かなり高尚なピュアラブなんじゃないでしょーか。迷わずこちらも認定。んでも、ひとりぼっちで生き抜くのは寂しいぞ。孤独だぞ。誰からも相手にされなくて、結果的にひとりぼっちで生涯を終える者もいるのかもしれないが、そういうパターンは除外して考えたいところだ。ではさらにハードルを下げてみる。
例3)その人の使用済みナプキンを食べることができる。
んんんん。。。これはどうだ?つぅかハードル下がってるのか?
これが仮に「その人の使用済みナプキン“も”食べることができる。」ならば、それは単なる変態なダケであって、「本気で好き」とはまったくの別問題になるなのだが、「その人ダケ」ならば、その時にはやはり認定しなければならないような気もしないでもない…。だって、これはかなり難易度は高いぞ。うーーーーーーん。。つぅか「ナプキン食べる」という行為で、自分の愛を表現しようとするコト自体がそもそも間違いであるような…。
例4)最低週1ペースで指名で1年通った。
いきなり現実的なところまでハードルを下げて考えてみた。確かになかなかできるコトじゃない。しかし、だからといって全てが全て「本気で好き」だと言ってもよいのだろうか?うーん。単に「退くに退けなくなったダケ」というのもあるんじゃないか?どうだろうか…。もちろん「立派」ではあるが。
例5)その人のコトを想うとボッキする。
単に溜まってるダケだな。まるで別問題だと思う。ただし、射精直後に「その人のコトを想うとボッキする」を体現できるならば、その時には特例として認定させていただこう。だって常人にできることじゃないモン。
つぅワケで、「本気で好き」「本気じゃない好き」の境界線は、
「その人の使用済みナプキンを食べることができる」と「最低週1ペースで指名で1年通った」の間くらいにあるコトがわかった。
ぬぅ。なかなかムズいね。そりゃ簡単に見つからないワケだ。
ああああ!!!てか、どん兵衛の存在を忘れてたぁ!!!!



















